コミュニケーション障害という言葉が嫌い

コミュ障って言葉自体が嫌い

 

どうも、コミュニケーション障害通称コミュ障の多田です。こんばんわ。

少し乗り遅れた感がありますが、先日から
コミュ障に悩む技術者へ – Togetter
が色々話題になっているようですが。
まず最初にココに書いてある対象の方々自体が極端で、議論が更に極論化してきてる気がするのですが、まぁそんな事はさておき


まず「コミュニケーション障害」って言葉止めませんか?

人に「障害」という言葉使うの嫌いなんですよ、機材じゃないんだから。

というのを先に言っておいた上で「コミュニケーション能力が不足しているの方々」と記載していきます。


まず上記のTwitterの話題ですが、コミュニケーション能力が不足している人はもうすぐ生き残れないという話
ですが、個人的には別にコミュニケーション能力が低くても良いと思ってます。
むしろ「コミュニケーション能力が低い方がどちらかと言えば技術者向き」とも思ってますし、
技術者の業務内容上、多少なりとも低くなる」とも思ってます。
(あった方が良いのは確かですよ。経験上。この手の話は極論になりがちですが。)

と言いますのは、ITの技術者の業務として常に頭の中でシステムの設計やらプログラミングやらをぐるぐると考えながら仕事をしているわけで、言い換えれば頭の中でずっとパズル作っている状態な訳でして。

そんな最中に話掛けられたりすると一気にパズルが崩壊してしまいます。

このような業務の特性として「多少なりとも」コミュニケーション能力は落ちて当然だしある程度は仕方がない事かと。

私みたいな技術者を名乗ってるだけの半端な技術者もどきはそういう状態では食っていけないので
四苦八苦しながら苦手なことに取り組んではおるんですが。
(そこを気にせずもっと技術を伸ばす方に力を入れてたらもう少しまともな技術者になってたかもとか思う時もあるのです。)

他を忘れて自分の好きな仕事に没頭する。
そう見ればコミュニケーション能力不足と呼ばれる人たちだって立派な技術者の資質を持っていらっしゃる方々のように思うのです。

自分がもしそういう人と仕事をするならその資質を最大限に活かせる環境にしたいと思うのです。

とりあえず「コミュニケーション障害」って言葉止めてくれ。話はそれだけだ。

では、また。

 
 
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雑記・個人的に思うこと
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